10/24 特別の教科道徳の授業を受けました!

10/24活動報告
生活クラブCSまちデザイン企画
特別の教科道徳の授業を受けました。

特別の教科道徳の開始は、特目とするためのまだ1ステップに過ぎない。従順な国づくりが着々と進んでいる。

一度教えこまれた、刷り込まれた事は、中々変わらない。
宮澤先生がおっしゃってる柔軟でしなやかで優しい子ども達が引きづられてしまう。
子ども達の心の内奥に入り込み、成績をつけていく。

特に人権教育を道徳で教えることの弊害。
人権教育は必要だが、多種多様な障がいを扱い、議論することが望ましい。
今の多様な子ども達の道徳教科書で描かれる障害者像は、みんないい人、悪い人はいない。何かしてもらったら、卑屈なまでに感謝する。
自分の力で障がいを乗り越えている。
世界は社会モデルであるのに対し、未だに障がいを自己責任とする医学モデルで障がいを捉えている。

障がい児者を当たり前に身近な存在として多様な障害者と共に学んだり、遊んだりできる教育環境があればそれが一番リアルな体験になります。

良いことばかりではなく、いじめなどのトラブルも当人だけにせず、みんなで一緒にいるにはどうすればいいかを考え、議論していく。多様な異なる意見も尊重できる場づくり。その営みの積み重ねが自信になり、生きる糧になっていくと思います。

現職である宮澤先生の貴重な体験からのお話に改めて危機を覚えました。
宮澤先生は、青年協力隊で東ティモールで戦争を体験されています。戦争は敵も味方も入り乱れればどちらか区別はつかない中で殺し合う。善悪の判断が鈍るのが戦争。
絶対に愚かな行為を繰り返してはいけない。

こんなエピソードも、赴任した小学校で、クラス目標を「人権と平和」と掲げたら、校長先生が飛んできて、「宮澤先生、人権は良いけど、平和は思想だよ、思想を押し付けてはダメだよ、すぐ外しなさい」と注意を受けたそうです。外さなかったのは言うまでもありません。宮澤先生の経験に裏打ちされた経験からの言動は、常に子どもの命を最優先に考えてのことだとわかります。

すべての子ども達が、ありのままの自分でいられるよう、生きていて良いんだと思えるよう、大丈夫のタネをまこうと思います!