10/10 福島の原発を忘れない!ワーカーズ・コレクティブ企画に参加!

10/10
ワーカーズ・コレクティブ企画
「福島の原発を忘れない!」に参加。
日帰りの強行スケジュールでしたが、中身の濃い時間でした。お世話になりました。

原発事故後の対応を見るにつけ、公共の福祉は人権侵害を擁護に変えるべき役割のはずが、この調整が薄く、弱いと感じた。
浪江町イノベーション国家プロジェクトの無機質な建物が立ち並ぶ少し横では、朽ちたお社や家主不在の家々がそのまま手付かずで残る街並み。
大津波の凄まじい威力で全ての街の景観を呑みこんだあとには、高い防潮堤が立ちはだかり海は見えず、これで海の異変を住民は感知できるのかと疑問が湧いた。全ての児童,教職員は高い山に逃げ命を救われた請上小学校は静かに津波の恐ろしさを伝え続けている。
浪江町で生まれ育った原田さんから説明を聴いた。「まちは記憶の集積帯」とおっしゃった言葉は印象に残った。「まち再生の委員会に参加したが、もうほぼ作られていて愕然とした」と。コンサルに頼らず、浪江町の良さが継承されるまちづくりを小さくても実現していくべきだと改めて感じた。

おれたちのが前に付く、
“おれたちの伝承館”は衝撃でした。
原発されなければが随所にあります。
削られたような片鱗がある木は、事故後立ち入り禁止となり餌がなく身近にある木を餌がわりにした牛達。子牛の亡骸がそれを物語っていた。
歌人である三原由紀子さんの”ふるさとは小分けにされて 真っ黒な袋の中で 燃やされるのを待つ”真っ黒な袋の中に故郷があるんだと、私達の電気のせいで申し訳ない気持ちと同時に、国策であり人災の要因が濃い福島第一原発事故の責任を誰も取っていないことに憤りを覚えた。原発技術革新よりも、脱原発を訴える住民の生の声に耳を傾けよ。東京電力福島第一原子力発電所に対する「原子力緊急事態宣言」は、2011年3月11日の発令以降、現在も解除されず継続している。
大事なことは、帰還困難区域はまちを分断する形で存在し、更に住み慣れた故郷を追われ,避難生活を別の地で送らざる得ない方々が居ることも,肝に銘じたい。

飯舘村にある古今呂の宿主とみこさんからも、これまでの成り立ちを伺った。
心を込めて丁寧にの飯舘村の言葉、「までいに」心底癒されました。いいたて雪娘かぼちゃを作り出し、まちおこしの活動を開始。
いいたて雪娘かぼちゃプリンは、フードセレクショングランプリを受賞。
かあちゃんの笑顔がとうちゃんを笑顔にする。人と人を繋ぐのは、食だとも感じた。
誰もが食べるを通して笑顔で生き合ってる姿が印象的でした。生き抜く世の中ではなく、生き合う世の中になれば、誰もが生きやすくなると。大変な思いをされてきたのに、今を生きるみなさんに希望を笑顔を頂いた時間と空間でした。

今後の脱原発、再エネ,省エネ活動に活かしていきます。
貴重な企画を,ありがとうございました。

#ワーカーズ・コレクティブ
#東村山・生活者ネットワーク
#脱原発
#東日本大震災
#福島第一原発事故
#緊急事態宣言
#汚染土
#福島イノベーション国家プロジェクト
https://www.google.com/mymaps/viewer?mid=1kt7HFTvq6HqhAnc9gCXcjU0bhspaxM&hl=ja

活動報告

前の記事

New!!