【知的障がいは、虐待のリスクが一番高い】

あれから26年!

自分の経験から考える気づいたこと!
5年間夫の転勤で過ごした豊中市では、ダウン症の子どもを育てる親の団体「ぽっぽの会」を、保健師が主導で結成されていました。

25年前から保健師が子育てにリスクを抱える特定妊婦にあたる親への訪問「ホームスタート」が当たり前にありました。
私には、同じようにダウン症の姪っ子がいる保健師が、常に傾聴に徹し、メンタルケアも同時に、そして、ゆっくりな子どもの成長を共に見守ってくれました。障がいを受容できるようにさりげなく導いてもらいました。
ほんとに心強い子育て環境に恵まれていました。

 そして、「ぽっぽの会」へ。
話し合いの中でダウン症の告知を受け、「私は3ヶ月、私は9ヶ月ふとん被ってました。私は、出生前診断で染色体異常が判明し、ガス栓ひねったことがある」とか笑えない話ですが、泣き笑いでしたみんな。自分にも一度は思い当たることがあるからです。
障がいがあると告知され、驚き、傷つくのは当たり前です。子どもの将来を不憫に思う気持ちが募り、一緒に死んでしまおうと考える。一度はあるもの、それが自然だと私は感じてきました。

 これまでは他人事と思っていたことが自分事になり「なぜこの子が、なぜ私が」と自分を責める気持ちがふつふつと沸き上がってきます。

 みんなでそれまでの思いを吐き出すことで、「一人じゃない、障がいがあってもみんながいれば助け合い、励まし合い、育てていける、生きてていいんだ」と思いは変わっていきました。それは仲間と保健師と保健所の一室に居場所があったからです。同じ思いの人が集い、気軽に相談できる環境は、虐待のリスクも確実に減らしていました。豊中市での子育て環境は、私の礎になっています。豊中市を当たり前にと今も感じます!

 日本ダウン症協会会長でダウン症の息子を育てる当事者でもある玉井先生のコメントです。
一部抜粋ハートネットTVより障害のある子の親は、障害の特性に応じた関わりをするよう期待され、それが親へのプレッシャーになっていることがあります。虐待を防ぐために重要なのは、子どもに障害があることが虐待のリスクをはらんでいることを支援者側が認めた上で、「1人でやらなくてもいい」「人の力を借りよう」ということを根気強く養護者に伝えることだと玉井先生は訴えます。

誰も最初から親ではありません。障がいのある子を前にして子育てに戸惑い、助けを求めるのは当然のことです。障がいを負うのは、誰の責任でもありません。障がいの有無に関わらず、誰もが気軽に子育ての悩みを相談できるワンステップの相談窓口の開設が求められています。一番の課題である何度も生育歴から話さなければいけない環境も変えていかなければなりません。そのためにも、相談窓口には、専門性のある人材と、福祉・教育・保育・医療の連携は必須と提案を繰り返してきました。

それが形となり東村山市でも、令和元年よりあらゆる相談に対してコーディネートの役割を担う「基幹相談支援センター」の開設が実現。令和2年度からは「子ども世代包括支援センター」の相談窓口も開設されました。

新型コロナ禍の影響でオープンが遅れていますが、令和3年4月からは、最重度身体、知的障がいなどの子ども達のリハビリ訓練や相談支援などが受けられる発達支援センター(仮称)が青葉町秋津療育園内に開設予定です。これまで必要性を訴えてきた市民の声が届き、形になりました。これからも、市民の声なき声に耳を傾けて、代わりに声を届けていきます。

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