12/14 戦争とハンセン病療養所のこどもたちの講座に参加。

12/14
「戦争とハンセン病療養所のこどもたち」
の講座に参加。
戦争が始まり,学校へも行けなくなった
こどもたちには、療養所が唯一の居場所に
なった。
強制隔離の閉鎖された場所での生活。
流動性のない中で,生き抜いていくには、
「こどもらしさ」を捨てるでした。
兵士や母になれなかった支配する大人。
強者としての子どもたち。
弱者としてのこども。
こどもたちと少数の大人が暮らす丘で、
逃げ場を失ったこどもの「生き延び方」
大人の言うことに逆らわないこどもが
優遇された。
小さな時期に親と強制的に離され、
愛情を受けられないこどもたちの心細さは、
計り知れないものがある。
詩を書くことが気持ちを表せる行為だったが、明るく前向きな詩だけが採用され、
本質をついた内容は採用されなかった。
大人の浅はかな上辺だけの取り繕う姿に、
憤りをおぼえます。
生き抜くことができなかったこどもたちの死因は,ほぼ肺結核でした。
ハンセン病が原因で亡くなってはいません。
足が不自由な子は、みんなにいじめの対象にされ、居場所を無くしてしまう。
いじめを肯定はしませんが、いじめに加担することで、生き抜くために自分の身を保っていたのかも知れません。ここにも被害者が加害者になりうることがわかります。
支配構造パターナリズムがここにも根深くあると感じます。
ハンセン病による差別や偏見のあり様をまだまだ学ぶ必要があると感じた時間でした。
はなこタイムズの飯岡さんが取材に入っていました。一緒に撮らせていただきました。
次は軍人癩を学ぶ予定です。
#国立ハンセン病資料館

